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2008年06月16日

コウジカビについて

どのような仕組みなのか大変興味があります。


コウジカビは、日本では身近なところにごく普通にみられる不完全菌である。アオカビと同様、放置されたパンや餅などの上によく姿を見せる。空中から基質上に胞子が落ちると、胞子は発芽して、菌糸は基質に伸びて、コロニーを形成する。コロニーはすぐに胞子形成による無性生殖を始める。コウジカビの胞子は、分生子と呼ばれる外生胞子である。

分生子柄は、大型のものでは1mmくらいまで伸び、基質から立ち上がる。柄の先端は丸くふくらみ、頂のうとよばれる。その表面に分生子形成細胞である紡錘形のフィアライドを一面につける。フィアライドの先端からは分生子が出芽状に形成される。分生子は成熟すると、分生子を押し出すように、新しい分生子がフィアライドから作られ始める。その結果、フィアライドの先に、新しいものから古いものへと続く分生子の鎖ができる。頂のう表面のフィアライド全てから分生子の数珠ができるので、分生子柄全体としては、頂のうを中心に針山のように分生子の数珠がつき、古くなると、それが崩れて何だか分からなくなる。古くならないうちは、分生子の塊は柄の先端に丸くついているので、肉眼で見ると、ごく小さな毛玉か何かが並んでいるように見える。分生子は黄色、深緑、褐色、黒などの色をしている。緑っぽいものはアオカビと間違えられることがある。黒っぽいものはクロカビと呼ばれる場合がある。

なお、このような分生子形成型はアオカビと共通であり、両者の類縁関係が近いことを示すとも言える。特に頂のうが小さいコウジカビは、アオカビと紛らわしい場合がある。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2008年03月27日

子実体の一般的な定義

この菌類はどのように発展していったのでしょうか。

多くの菌類では、その体は糸状になった細胞列である菌糸からなる、菌糸体という構造になっている。菌糸体を構成する菌糸はそれぞれに独立性が高く、菌糸の一部分だけをとりだしても成長し、胞子を作るものが多い。菌類はその種ごとに様々な胞子を作るが、基本的には菌糸の先に胞子を外生するか、菌糸が袋になってその中に胞子を作るかである。多くの菌類が、この様に単独の菌糸の先に胞子を作る能力がある。

しかし、菌類の種によっては、胞子を作るときに複数の菌糸が寄り集まって、より複雑な構造を作り上げる。その中で比較的簡単なものは、胞子形成する菌糸が寄り集まって、胞子形成菌糸の束や、胞子形成をする小さなカーペットとなるものである。さらに複雑なものでは、胞子形成部を覆う菌糸の壁を造り、全体が外見状では壷型や皿状の形をなすものがある。さらに複雑なものでは、胞子形成部を覆う構造が、それ自体に柄を持って立ち上がったり、胞子形成部が複雑に折れ曲がり、それが並んだひだを下面に傘の構造となり、さらに柄を持っているキノコの形などとなる。この様な、複数の胞子形成菌糸や、それを補助する菌糸が組みあわさって、複雑な構造になったものを、子実体と呼んでいる。普通、胞子形成菌糸が寄り集まっただけのものは子実体とは呼ばない。

子実体は、小さいものは肉眼で見ることのできるぎりぎりの大きさから、場合によってはひとかかえもあるキノコのように、巨大なものもある。大きなものであっても、これらはすべて、菌糸から作られている。時には、菌糸を構成する細胞がふくらんで、互いに接触し、一見では菌糸からなるとは思えない、偽柔組織を構成するものもある。

子実体は、胞子を形成するための構造であって、生活をする体ではないので、その存在は一時的なものである。まれに長期に渡って維持されるものもあるが、いずれにせよその生活体は子実体の外にある菌糸体である。時折、キノコとその下につづく菌糸を高等植物の本体と、その根のように見る向きがあるが、これは誤りである。子実体は高等植物に当てはめれば、花か果実に当たるにすぎず、本体はその下の地中や朽ち木などに埋まって存在している。

大型のキノコの背景にはそれだけのバイオマスを形成するのに足りる巨大な広がりを持つ菌糸体が控えており、また菌類の菌糸体はそれだけの量の物質を一ヶ所の子実体に集中することができる高い物質移送能力を持っているのである。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年11月11日

紅型という染織技法

伝統的な染織技法だと初めて知りました。


紅型(びんがた)とは、沖縄を代表する伝統的な染織技法の一つ。14世紀の紅型の裂が現存しており、技術確立の時間を考慮すると、その起源は13世紀頃と推定されている。 「紅」は色全般を指し、「型」は型絵染めの型紙を指している。この定義をしたのは鎌倉芳太郎が最初とされている。「紅型」の漢字表記が広く普及され始めたのは、昭和に入ってから。

高年者向けの藍色の濃淡を同じ型で染め出すものは藍方(えーがた)と呼ぶ。


歴史
琉球王朝時代は王族や貴族の衣装として染められた。そのため染屋は首里城の周りに置かれ庇護されていた。その後薩摩による侵略、廃藩置県などにより、王家からの庇護を失った染屋は廃業を余儀なくされ、多くの染屋が首里を後にし、那覇等に移り住み宮廷のために生まれた紅型は衰退していく。

以降は本土への輸出品として薩摩藩への貢納が義務付けられた。現在古紅型と呼ばれるものはこのころの作品が多いが、本土の影響からか友禅とモチーフが共通したものが多い。ただし、鶴を赤や緑で染めたり、桜を黄色や臙脂で染めるなど色の扱いは非常に奔放であった。江戸時代は袋物などの小物用生地、明治からは着物などにも使われていた。

第二次世界大戦で多くの型紙や道具が焼失、一部型紙等は鎌倉芳太郎により本土へ渡り保管されていた。戦後、それら型紙を分けてもらい紅型復興に尽力を尽くしたのが、王朝時代からびんがた宗家として、染物業に従事してきた城間家の城間栄喜と知念家の知念績弘。戦後の材料不足の中、拾った日本軍の極秘地図に下絵を描き、型紙として使用、割れたレコード盤を糊置きのヘラに、口紅を顔料のかわりに、薬莢を糊袋の筒先に使用したり、工夫しながら紅型の復興に勤める。その頃は米軍向けポストカードなどをよく染めていたらしい。


技法
紅型の技法には、一般的な型染め、筒描き、藍染め(漬染め)がある。型染めで特徴的なのは型の上から色を挿すのではなく、糊を置くこと。特に両面染めの型置きは高度な技(王朝時代の衣装はほとんどが両面染め)。

地色にフクギなどの天然染料を使用する事がある、フクギを用いて染めると黄色となる。昔から黄色は高貴な色で着用出来るのは王族のみと決まっていた。明るい黄色を皇帝の色と定めていた中国の影響だと思われる。ほか、赤地や白地のものが生産されている。

柄色は顔料を使用する。赤い色はコチニールから取るほか、緑などは顔料化した藍などの混色で作る。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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